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 運命はいつだって不条理で、そしてそれを選択するのはいつだって自分だ。後悔することばかりでも、それさえ仕方の無いことだったとどこかで自分に言い聞かせているのかもしれない。結果、あたしはいつまでもその影に引きずられて、自分で創った檻の中から外を見る。
 手を伸ばして触れようとすれば、きっと、怖いことが起こってしまうような気がして。できないよ。できなかったんだ。

 一つ目の出会いは、十一月の終わり。酷く格好悪くてくだらなかったのを覚えている。あたしは街で友人数人と煙草を吸っていた。みんなくだらないことで笑って、あたしは冷めた気分でそれを観察していた。
「(……気楽でいいよなぁ。お前ら頭悪くて幸せやね)」
 作り笑いを浮かべる裏で、そんなことを思う。そうなりたいと願っているのに真似しかできないから、見下したような考えを持つ。あたしという人間は、本当にどこまでもくだらない。
 ぼんやりしていたら、カメラのシャッター音が響いた。全員ぎょっとして顔を上げる。そこには、黒い皮のジャケットを羽織った若い男が立っていた。
「君ら、高校生?」
 口元にうっすら笑みを浮かべて、男は首を傾げる。嫌な予感がして、みんな表情を歪めた。
「……何よ。補導員?」
 友達の一人が、おずおずと口を開く。男は笑顔のまま肩をすくめた。
「そうやったら、どうする?」
「嘘ぉ……マジうっといがやけど。」
 頭を抱えてそいつはゆるく首を振る。あたしは年中閉じっぱなしの店のシャッターに背中を預けて、その様子を観察する。男は苦笑を浮かべると、片手を振った。
「違う違う、冗談やって。そんなんじゃないき。安心しいや」
 でも、証拠は撮られている。面倒なことになる気がして、あたしは立ち上がった。
「5万」
 男は眉根を下げてあたしを見る。あたしは男を見下すような目で相手と視線を絡める。
「ボコられる前にそれで手ぇ打とうや。安いやろ?」
 あたしの台詞に、男は喉の奥から漏れるような笑い声を上げた。
「何も悪いことしてないつもりやけど?」
「あたしらには都合が悪い」
「でも俺、お前らの顔覚えたもん。それにその条件やと、俺にはなんの得もないやん」
 ますます面倒なことになった。あたしは一つ舌打ちをして、渋々条件を提示した。こうなったら、あたしができる最善の選択をするだけ。
「なら、その5万であたしを買うたらいいやん」
 最高の提示でしょ?とあたしは男に詰め寄った。彼はあたしを値踏みするように見て、「ふむ」と呟いた。
「ちょ、待ちやぁ……」
 先ほどの友人が慌てて声を上げる。あたしはそれを一瞥で制して、男の傍らに近寄った。横目で相手を見上げて、「どうよ?」と催促する。男は笑顔を絶やさないまま、一つ頷いた。それが同意の返事だということは、言わずとも見えていた。
 男はそのまま背を向けて歩き出し、あたしもそれに続く。友人たちの心配そうな視線に、あたしは背を向けたままひらひらと手を振った。
「まぁちょっと稼いでくるき。そしたら遊びに行こうなぁ」



 近くの安いホテルに着いた男は、カメラをテーブルに置くとジャケットを脱ぎ始めた。
「脱ぎや」
 その一言で、入り口に突っ立っていたあたしも服を脱ぎ始める。身体を纏う布を全て取り払うと、ベッドに押し倒されていた。
「キツい目ぇしてんな」
 吐息が絡み合うような至近距離で視線を交わし、男はポツリと呟いた。
「野良犬みたいや」
 犬みたいだ、とその時初めて言われた気がする。あたしは馬鹿にしたような笑みを浮かべると相手を更に睨みつける。
「わん。」
 一言だけ、鳴いてみせた。お金を頂くからには、それなりに相手を悦ばせる義務がある。案の定、男はその一言で大いに喜んだ。大声で笑い声を上げて、無精ひげの生えた顎を指先で撫でる。
「面白いな、お前」

 セックスは、あたしがこれまで体験したものとは比べ物にならないほどのものだった。獣のように乱暴で、エキセントリックで、くらくらするほど甘美だった。
 ベッドの上で横になって二人で煙草を吸った。そうして荒かった息を整えていると、男がポツリと呟いた。
「名前は?」
「コウ」
「歳は」
「17」
 あたしはセックスの後の余韻に浸っていたので、簡潔に質問に答えていく。男は「ふーん」と鼻を鳴らすと、寝返りを打ってあたしの顔を覗きこんだ。あたしは相手を一瞥して、質問を返す。
「おっちゃんは?」
「おっちゃんて言うな。……斉藤幸喜。23歳会社員。」
「へぇ」
「聞いてきたくせに、興味なさそうやな」
「そりゃどうもすんません」
「……まぁそれにしたって一緒の名前やな、『コウ』ちゃん」
 そう言って幸喜はあたしに頬を擦り付けた。無精ひげのざりざりとした感触で、あたしは昔父親によくそうされていたことを思い出していた。
「どうでもいいけど……」
 幸喜の顔を押しのけて、あたしは相手に視線を流した。
「そのカメラの中身、なんとかしてくれん?めっちゃ迷惑」
 あからさまに嫌悪感丸出しの表情をするあたしを見て、幸喜は苦笑を浮かべた。上体を起こすと、テーブルの上に置いていた一眼レフのカメラに手を伸ばす。そして裏蓋を開けると、中のフィルムを一気に引き抜いた。
「コレで満足っすか?」
「後はあんたが払うもん払ってくれたらね」
「子供の癖に手厳しいなぁ」
 幸喜は苦笑して肩をすくめてあたしを抱きしめる。思った以上に、その肌は暖かかった。あたしはその腕に手を添えて、相手の胸の中に頭を摺り寄せる。
 背中を撫でるその手が、大きい気がした。

 その後、幸喜が置いていった万札は5万なんて額じゃなかった。夜も遅くなってたから、あたしはそのまま真っ直ぐ家に帰った。その後友達から届いたメールで状況説明するのが、酷く億劫だった。



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