つぶやき。

 くだらねぇよ、って言ってあんたは笑う。その横顔が好きだった。あたしはかじりかけの林檎を銜えたまま、ぼんやりと眺めていた。
 陽に当たるその鼻筋とか、柔らかなふっくりとした唇とか、細めで険の強い目じりだとか。寝癖が付いたままの柔らかな髪とか。少し分厚い肩だとか、細い腰だとか。皇かな褐色の肌だとか。
 小難しいことは好きじゃない。深く深く考え込むのも好きじゃない。ただ単純にそれは、穏やかな波のように心の奥でざわめく感情のうねりみたいなもの。
 うっすらと部屋を曇らせる蒸気が窓に水滴を作る。そとはしんと静かに冷たい風が、ちらちらと雪を舞わせていた。
 まるで誰かの溜息みたいだ。と痺れてしまった脳の奥でそんなことを考えた。

 冬はいつも白い。あたしはそのなかで裸になるのが好きだった。裸のあんたを見るのが好きだった。セックスした後、いつもあんたは哲学者になる。少し疲れた顔をして、考え込むように眉間に皺を寄せる。瞳はどこか宙を見ていて、その瞳から力が失われる。

 生きる、力が。

「人の心が解りすぎて、頭がどうにかなっちまいそうだよ。くだんねぇの。いつだって相手に合わせて、でも相手はそうしてくんなくて。もう面倒だし、疲れちまったんだよ。」
 あたしは黙って林檎をかじる。ガスヒーターの上で、ポットが沸々と蒸気を吐き出している。
 あたしは頭が悪いから、小難しいことは解らない。だからあんたの痛みも解らない。だけどそれは、きっと誰も共有できない。
 だけど、共有できない空間があるからこそ、あたしはあんたが好きなんだなぁ、と思うわけで。
 答えなんてきっと必要なくて、ただ、この瞬間。あたしが感じてる空気感。あんたが包まれてる感触。色。におい。それだけでいい。
 だけど、同じものは感じられないけれど。あたしはあたしの領域で考えたいなぁ、と思うわけで。

 だから、お湯が沸いたらコーヒーを入れよう。それを二人で飲もう。
 そう思った。

「自分も他人も騙さない。そんな方法があればいいのになぁ」




 そう呟くあんたのその苦々しい横顔が、あたしは大好きなのです。

END