侵食

 食べるのが好きだ。食べている瞬間は、あたしは味わっているように見えて殆ど感じていないのかもしれない。ものを口に含んで咀嚼して、飲み下す。その行為そのものに快感を感じているのだから。 
 食べるのが好きだ。それを飲み込んでしまえばあたしにはわからないものになってしまう。体内に収まっているのだろうけれど、あたしにはもうその物質を感じることはできない。だけどあたしの醜い体はその養分を貪欲に吸収して蓄積していく。そしてこの肉体はその積み重なりから生まれた集大成でもあるのだ。 
 テーブルの上にあるものを全て平らげると、あたしは床に乱雑に積み上げられた本に手を伸ばした。大学ノートサイズはあるだろうそれは酷く薄っぺらく、なかには何処かで見たことのある漫画のキャラクターを模倣した男同士が絡み合っている。あたしは、そういった自費出版物をこよなく愛した。本誌ではありえない、本誌では満たされない欲望がそこには具現化していたから。あたしは彼らに憧れて、自分が男だったならなどと何度となくくだらない妄想を繰り返したものだ。 
 それがあたしの、一方通行な楽しみなのだ。 
 絡み合う少年同士の肉体が次第に熱を持ち、やがて絶頂に達する。セックスとは愛の行為だ。美しい少年たちが同性に愛情を持ち、やがて繋がりあう。それは現実では起こりえない夢の世界だ。そんなものを見ているうちにあたしは酷く興奮してしまって、途中で誌面から視線を逸らすと一人黄色い声を発しながら床をベッドを平手で叩く。 

「やっぱり雄哉かっこいいし、美都可愛いー」 

 おもわず緩んでしまった口元からそんな台詞が毀れる。 
 一般的な目で見れば、あたしは異常なのだろう。自分でも重々理解している。しかし、あたしはそんな一般人たちを逆に軽蔑していた。わからなくてもいいのだ。少年愛とは日本の文化だという事すら知らない無知なものたちはこの何も生み出さない関係の美学を理解し得ないものたちなのだから。 
 これに比べたら、現実の男たちのなんと軽薄なことか。異性の気を惹きたいがためにちゃらちゃらと着飾り、髪を染める。くだらない会話を繰り返し、無意味に笑う。そのことのなんと愚かなことか。そしてそんな男に惹かれて恋の話しかする話題のない女たちも、あたしは大嫌いだ。だからあたしは容姿には気を使わない。そんなことをする時間があるのなら、そんなことをする金があるのなら、この世界にその全てを費やしていたい。 
 あたしはこの世界と、そしてそれを理解してくれる数少ない友人さえいればいい。 

 と、その時あたしの携帯電話が華やかな着信音でその存在を誇示しはじめる。本を放り投げたあたしは慌ててそれに飛びついた。この瞬間を、ずっと待っていたのだ。 

 メールの着信を伝えるメロディは、あたしが携帯を開くと同時に鳴り止んだ。その小さな液晶には『工藤雄哉』と明記されている。先ほどまであたしが読んでいた漫画に登場していたキャラクターの名前だ。あたしは大急ぎで『彼』にメールの返事を返す。ありったけの愛の言葉を囁いて。 

 あたしが今やっているのは、キャラクターになりきってメールを交換する。所謂『なりメ』と呼ばれるものだ。その中で、キャラクターはリアルになる。あたしは雄哉と恋をすることができる。正確には、『美都』いう少年の皮を被ったあたしが。 
 あたしは『美都』になり、『美都』はあたしになる。そして、相手もそれは同じだ。同じ快感を求める女性が『雄哉』になりすまし、『美都』を求める。それはあたしじゃなくてもいいのかもしれないけれど、今現実にこうして彼を繋いでいるのはあたしだ。切望してやまなかった本物がここには存在するのだ。 
 初めはそうした遊びに楽しんでいただけだったのに、それはいつのまにかあたしを侵食した。相手のメールで一喜一憂して、あたしの心は翻弄される。キャラクターとプレイヤーは別だと知っていても止められなかった。あたしは『雄哉』という皮を被った相手に恋をしていたのだ。 

 その『雄哉』から、すぐさまメールが返ってきた。あたしは心を浮き立たせながらその本文を開く。 

「会いに行こうと思うんだけど、いつなら空いてる?」 

 その瞬間、あたしの息は止まってしまったような気がした。頭の隅がぼんやりして、その意味を把握するのに数分かかった。 
 わかっている。『雄哉』は本当は普通の女性だ。それも知っているし、それを知った上であたしは恋をしている。例え容姿がどんな女性だったとしても愛し抜く覚悟もあるし自身もある。大事なのは心だ。相手だってそう言ってくれた。メールの中で何度も「一緒に買い物に行こう」とか「遊びに行こう」とやりとりをしていたのも本心からだ。だけど、それが現実のものになるなんて! 
 あたしは心を躍らせて、メールの返事を打った。その手が少しだけ震えていたことに気づいたとき、あたしは笑い出さずにはいられなかった。 



 夏の終わりは、急速に世界を色あせさせる。あたしは駅前の噴水を眺めながら、ちらちらと時計に何度も視線をやる。早く着きすぎてしまっただろうか。こんな時間に表に出るのも久しぶりだった。あたしは自分の格好を何度も見直した。ジーンズにスニーカー。それからTシャツというラフな格好だったけれど、自分が持っているものの中では一番おしゃれなものを選んだつもりだった。それに、それ以上に今のあたしは『美都』なのだ。なるべくボーイッシュでいたかった。 

「美都……だよね?」 
「は、はいっ!」 

 女性の声がした。あたしはひっくり返った声で返事をして、飛び上がるような勢いで立ち上がった。それから、相手の姿があからさまに視界に入ってきたのだ。 
「こんにちわ。『雄哉』だよ」 
 ニッと口角を上げて微笑む彼女は、綺麗だった。あごの下で断ち切られた真っ黒でしなやかな髪。薄く色づいた唇。意思の強そうな瞳。耳元で揺れるのは、シルバーのピアス。 
 服装まで、格好良かった。しなやかな体のラインが浮き彫りになるボロボロに加工されたロングTシャツ。シルバーのネックレス。すそ広がりのジーンズ。赤いチェックのスニーカー。少しいかつい印象のする指輪が、逆に彼女の指先を際立たせている。 
 相手が女性であるということを、頭ではっきりと理解した。なのにこの胸のときめきはなんだろう。止むことがない。もし『雄哉』を女性化したら、まちがいなくこんな感じなんだろう。 
 あたしは何故か気恥ずかしくなってしまって、思わず頭を思いっきり下げてしまった。 



 彼女の本当の名前は『アヤ』というのだそうだ。アヤはそれほど雄弁ではない。それはメールのやりとりをしていたころから知っていることだ。彼女はあたしの情熱に塗れた愛を全て受け入れてくれる。興奮してまくし立てるあたしの話を、微笑みながら全て聞いてくれる。こんな人は初めてだった。 
 その柔らかな髪に触れたいと思ったけれど、あたしは何故だか恐縮してしまって近づくこともできなかった。たまに気まぐれに彼女が手を伸ばしてくるのだけれど、気恥ずかしさからすぐにその手を解いてしまう。彼女の手の届かない場所に逃げてしまう。何かが崩れてしまいそうで怖かった。 

 平日のカフェは人も少なくて涼やかだった。まるで淡い緑色の流れがあたりを包んでいるかのように。 
 彼女はホットのブレンドを口元に運びながらあたしをじっとみる。その度にあたしは小さくなる。小さく。(それでも貯金をしたあたしは一般よりは大きいのだけれど) 
「裕子ちゃんは」 
 と、彼女があたしの名前を呼ぶ。裕子というのがあたしの本名だ。 
「どうしてそんなに離れるの?私が怖い?」 
 と首を傾げた。怖い人だ。どこまでも聡い。その瞳を見れば彼女が本当にそう思って聞いているとは思えなかった。彼女は何もかもを知っている。彼女は何もかもを見透かしている。 
 自信があった。メールというか細い電波の中では。あたしはどんなあたしにもなれたから。口癖、仕草、笑顔。全てあたしはあたしを支配できたのだから。『美都』という仮面を被ったあたしはどこまでも我侭で、そして自由だった。 
 なりメをしたのは、彼女が初めてではなかった。あたしは高飛車に相手を翻弄し、思うがままに傷つけ、愛を堪能する。そして飽きればあっさりと切り捨てた。別の『雄哉』を探して。 
 今回だってそうしていると思っていた。だけど。なのに。 
「それとも……」 
 アヤは、答えないあたしの手をそっと握る。暖かくてそして何処か冷たさを感じる柔らかさにあたしの肩はビクッと跳ねた。 
「『美都』って、呼んだ方が調子でる?」 
 翻弄されているのはあたしだ。なんて屈辱だろう。こんなんじゃ、高慢で美しい『美都』の足元にも及ばない。あたしは生まれて初めて愛した分身を呪った。 
 厭だ。『美都』じゃ厭なの。あたしを見て。あたしを愛して。あたしに無償を。 
 一瞬だけそんな想いがよぎる。だけどそれを何かが邪魔をして打ち消した。それは間違いなく、汚れたプライドだ。あたしは思わず笑い出してしまう。 
 何を迷う必要があったのだろう。あたしは『美都』なのだ。彼女が、『雄哉』が心底愛を注いだ、あたしは『美都』なのだ。 
「ううん。裕子でいい。ごめんね、なんか、柄にもなく緊張してるみたい」 
「うん、知ってる」 
 微笑む彼女に迷いはない。なんて自信だろう。それもそうだ。それを確定付けるもの全てを彼女は持っているのだから。あたしにもその自信を裏付けられるものが一つでもあったのなら。 
 あたしは嬉しくなった。あたしの愛した人は間違いなく『雄哉』だ。強引で、まっすぐで。男だとか女だとか容姿だとか性格とかそんなものなんかじゃなく、だけど決定的に。 
 同時に誇らしい気分にもなれた。彼女の隣にいられることが嬉しかったから。それだけで、浮き上がるような気持ちだったから。 


 初めての逢瀬は、そんな感じで幕を閉じた。相変らず、あたしはあたしのままだった。変わるつもりもなかったし、現状に満足していた。 
 だけど一つだけ気になっていたのは、彼女があたしに触れてこなかったことだ。電波の中ではあたしを情熱的に焦がすのに、実際いくら逢瀬を繰り返しても彼女は黙って微笑むだけだ。不安になってそれとなくメールをしたときに聞いたのだけれど、「大事にしたいから」とだけ彼女は告げた。そしてそれはあたしにとってとても意味が大きく、愛されているという実感に繋がったのだった。 
 あたしは彼女から来る愛の行為を記したメールが届くたびに自らを慰めるようになった。それはあたしにとって、触れられない分強く強く根付き、そのメールが来ることを心待ちにするようになった。 
 それからあたしは、更に我侭になった。彼女を支配したくてしょうがなかった。彼女が友人と出かけると告げればあからさまに不機嫌になり、意に沿わない行動をしようものなら大喧嘩をした。彼女は何も言わなかったけれど、あたしは彼女を自分のものにしているのだと思っていたのだ。 


 真冬のことだった。あたしは電車に揺られながら通り過ぎていく景色を眺めていた。何のアポも取らずに、彼女に会いに行く。彼女の世界、彼女の生活、そういうものを生身で体感したかったから。 
 あたしが彼女に会いに行くのは、これが初めてだった。 

 駅で降りると、彼女は驚いた表情であたしを待っていた。 
「びっくりしたよ。急に来るって言うから」 
 着く直前にメールを送ったのだ。彼女の街に行っても彼女に会えなければ意味がないから。それに、その驚いた顔も何処か子供っぽくて愛おしかった。その表情が見たかったのだ。 
 あたしたちは、そのままあちこちを散策してカフェに入った。少し高級な匂いのするところだ。アヤはいつも此処でコーヒーを飲んでいるのだという。その絵を想像して、あたしは気づかれないように笑った。 
 アヤはいつもコーヒーを注文する。それも好きだった。甘いものばかり注文するあたしと違ってとても大人っぽい。それを飲んでいるアヤも好きだ。その首筋とか、あごのラインだとかが官能的だから。あたしは特大のパフェを注文して子供のようにはしゃぐ。彼女はそれをいつも微笑を浮かべながら見ていた。あたしは彼女が喜ぶのを知っているからそれをする。彼女はあたしのこういうところが好きなのだ。 
 そうしてあたしたちは、またここでも『雄哉』と『美都』の話題をする。それしか話すことがないから。それに、『雄哉』と『美都』はアヤとあたしの恋物語でもあるのだから。それを話しているのはたいていあたしだなのだけれども。 

「アヤ」 
 と、脇から声が響いた。鈴が転がるような、と例えられるような済んだ声だ。 
 見れば、なんともフェティッシュな雰囲気を纏う少女が立っていた。黒いワンピースからすらりと伸びた四肢は、まるで黒猫を連想させる。まだ幼い横顔にうっすらと化粧を施して、まるでそれは淫乱な聖女。そんな不思議な不安定さを撒き散らしている。所謂ゴシックロリータを着る子が使う「自称不思議ちゃん」などではない。これは正真正銘の本物だ、と直感的に悟った。 
 彼女は自然とアヤに寄り添った。その瞬間、黒くてもやもやしたものがあたしの胸のうちにさっと広がった。 
「マリ」 
 とアヤが彼女を呼んだのもその原因だ。あたしはこの感情を知っている。嫉妬だ。それはとても厭な感じだ。悪酔いしたときみたいに胸の奥がムカついて気持ちが悪い。 
「急に帰るからびっくりしちゃった。用事ってこのこと?」 
 と彼女はあたしを見る。あたしの苛立ちは更に上がって、会釈をする気にもならなかった。そんなあたしを一瞥して、アヤはマリに視線を戻す。やめてよ、知ってるくせに。そんな目で見ないでよ。 
「うん、ごめん。急だったもんだから」 
「ふぅん」 
 彼女は可愛らしく鼻を鳴らす。その仕草が殊更あたしの激情を煽った。むしゃくしゃして、目の前にあったパフェを口に運ぶ。そんなあたしを見ながらマリは首を傾げた。そうすると本当に猫のように見える。 
「友達……じゃ、ないよね。彼女……でも、なさそうだけど」 
 ちらりとアヤを見た。困ったような笑顔を浮かべて喉の奥から笑い声が聞こえた。 
「どうだろうね。どっちにしても、マリには関係ないよ」 
「あら、心外」 
 マリは驚いたような顔をして楽しげに笑うと、アヤの肩に触れた。あたしはスプーンを動かす手を止めた。マリはそのままアヤのひざの上に腰を下ろした。まるで気まぐれに主人のひざの上に居座る猫のように甘えている。 
「……ちょっと、やめてくれません?その人、あたしのなんで」 
 我慢ならなかった。それ以上触れないで欲しかった。自然と口調に棘が出てきつくなる。そんなことは構わなかった。むしろ叩きつけてやりたかった。そして彼女の屈辱に歪む顔が見たかった。アヤの隣にいられるのは、『美都』であるあたしだけなの。 
 だけどそれは、逆だった。 
 その台詞を聞いた彼女は笑い出したのだ。さも可笑しそうに。楽しそうに。 
「それはごめんなさい。だけど、知っておいたほうがいいと思うのよね」 
「何を」 
「アヤは、貴女じゃないわ」 
 彼女の言っている意味が解らなくて、混乱する。目の前のパフェなんてどうでもよかった。 
「そんなこと、知ってます」 
「いいえ、知らないわ」 
 ハッキリと言い切る彼女が憎かった。だけどまだ優越感はあたしのなかに確固として根付いていた。彼女は知らない。あたしたちが毎夜毎夜どれだけ愛を重ねているか。どれだけの情熱をぶつけ合っているのか。 
 彼女はアヤの首に腕を回す。やめてよ。あたしの『雄哉』に触らないで! 
 それを口にする前に、彼女が告げる。 
「彼女は、自由なの。誰にどれだけ愛を捧げても、誰にどれだけ愛を与えられても、そこに留まることはない。ううん、初めから同じ場所にいないの。貴女に与えられてるものが、自分だけだと思ったら大間違いよ」 

 ねえ、どうして?アヤ、なんで黙ってるの?なんで顔色一つ変えないの?どうして彼女の手を振り払わないの?ねえ、『雄哉』はあたしを愛してくれてたんじゃないの?ねえ! 

 言葉も出なくて、あたしは二人を凝視した。アヤは静かにコーヒーを飲んでいる。あたしが持っていると思っていた優越感はマリのものだった。ううん、違う。誰のものでもなかった。マリはあたしと同じなのかもしれなかった。 
「もうやめて。面倒なのはごめんだよ」 
 アヤはため息をつきながら首を振ってカップを受け皿に戻した。マリはアヤの足の上から退く。 
「自分でその原因を作っておいて、よく言うよ」 
 べぇ、と悪戯をした子供のように舌を出すと、ひらりと踵を返した。そしてあたしに向き直るとひょいと顔を近づける。 
「キツいこと言っちゃってごめんね。幸せそうだったから、つい意地悪しちゃった。でも、早く夢から覚めたほうがいいと思うんだよね。本当に傷つかないうちに、ね?」 
 そう言い残して、彼女は去っていった。まるで嵐だ。 
 しばらく黙っていたアヤは、ポケットから煙草を取り出して口に咥えた。そして、持っていたジッポで火をつける。彼女が煙草を吸うのを初めて知った。何故ならあたしが煙草が嫌いだと彼女は知っていたから。 
 二、三度紫煙をふかして、彼女は唐突に言った。 
「ごめんな。あいつ気まぐれだからさ。突然こんなことすんだよね」 
「他に言うことはないの?」 
 ささくれた感情をぶつけると、アヤは黙りこんだ。あたしはアヤに聞きたいことや言いたいことが山のようにあったのだけれど、今更それも無駄なような気がしてしまった。 
「もういい」 
 そう言うとあたしは、乱暴に席を立つ。アヤはあたしを見ていたけれど、なんの翳りも焦りもその表情から見えなかった。 

 二人並んで駅に向かって歩きながら、それでも会話はなかった。今口を開けば相手を責める言葉しか見つからない気がしたから。 
 あたしは足を止めると、唐突にアヤに向かい合った。 
「ホテル行こう」 
 今すぐ、今すぐ、今すぐに。全て嘘だったと確認したい。愛されていると。いや、あたしは愛されている。それは間違いないだろう。だけど、それは鎖にならない。だけど、それを否定したくてしょうがなかった。 
 『雄哉』は『美都』のものなのだから。 
 一つため息をついたアヤは、黙ってあたしの手を引いた。 

 そうしてあたしは、二十年以上奪われることのなかった処女を失ったのだ。 
 だけど、それはなんの枷にもならなかった。 
 あたしは気づいていた。アヤには、マリのようなあたしのような立場の女の子が何人もいるんだろう。そして、男も。 

 別れた後、あたしは大声で泣き喚きながら家に帰った。そして、テーブルの上にコンビニで買ってきた食物を大量に並べる。泣き喚きながらあたしはそれを口に運んだ。 

 あたしは『美都』に嫉妬しながらも『美都』から離れられなかった。『美都』がなくなったらあたしとアヤは何の関係もなくなってしまいそうだったから。 
 あたしは、『美都』だったのかそれとも裕子だったのか。それとも別の何か? 
 アヤは誰を見ていたんだろう。『雄哉』は誰を愛していたんだろう。 
 あたしは、誰を見ていたんだろう。誰を愛していたんだろう。 

 この感情は、どちらのものなんだろう。あたし?それとも『美都』? 

 食べ散らかしたごみの中に横たわっていたら、突然強い吐き気に襲われた。あたしは慌てて立ち上がると、ばたばたとトイレに向かう。 
 それは、水と一緒に全部流れてしまった。あたしのなかは空っぽだ。何も残らない。何も。 
 そうだ。それを知っていてそれに惹かれてあたしはこの世界を愛したんじゃなかったのか。美しいと思ったんじゃなかったのか。 
 どうせなら何かが生まれればよかったのに。残ったのは酷い虚無感と喪失感、そして食べ物を受け付けられなくなってしまった醜い体だけだ。 
 醜い。この肉体は醜い。美しいものを愛したあたしは結局、美しいものにはなれなかったのだ。

END