世界の終わりは唐突にもやってくる。

 女はあたしを殴り、男はあたしを蹂躙する。あたしはただ為す術もなくそれに耐えるだけ。死にはしない。餌は与えられているから。こんな生活が続いてもうどれくらいになるだろう。ふと壁掛けのカレンダーを見たら、あたしは24歳になっていた。
 カチカチと壁掛け時計の音が煩く脳内に木霊する。アタシは両腕をベッドの足に縛り付けられたまま床に座り込んでいた。後数時間で男が帰ってくる。そしたら彼はこの戒めを解いて、ベッドの上で私を優しく愛撫するだろう。そうしているうちに女が帰ってくる。女は煙草を吸いながらあたしたちの行為を見ている。そしてそれが終わった後、女はあたしを殴るのだ。何度も、何度も。だからあたしの体は痣だらけだ。その後男はあたしに餌を与える。抵抗すると与えられない。餌はいつもスープ皿に注がれたリゾット。味はその時々によって変わる。女の機嫌のいいときには、細かく切った野菜や豚肉が入っていることもある。あたしは床に置かれたそれを食器も手も使わずに食べる。がつがつと、犬のように。長い髪の毛が口の中に入ろうと気にはしない。食事は一日に一回。それだけなのだから。そんなことを思い出していると、鍵穴が回転する金属音が聞こえた。男が帰ってきたのだ。いつもよりも早く。

「ただいま。いい子にしていたかい?」

 あたしは上目に男を見上げたまま頷いた。あたしは人の言葉を使ってはいけない。それがこの部屋での暗黙のルール。大人しく座っているあたしを見て満足した男は、あたしを拘束する麻縄を解いた。そして、あたしの視線と自分のそれを同じ高さに合わせると、にっこりと口角を上げてこう告げたのだ。

「さあ、はじめようか」

 首筋から乳房まで、男の指は柔らかに降下する。あたしは首を仰け反らせてそれに反応した。心地好い。肩や腕に残された青痣がなぞられる度に痺れるような快楽が感覚を支配する。あたしの薄く色づいた乳頭や、その周辺。男の指は繊細にあたしの細い体のラインをなぞっていく。それだけであたしの下腹部はきゅんと疼き、愛液が太股を流れていくのが解る。男はあたしの下肢の裂傷に何度も口付け、舌を差し込む。粘液で滑るそれが出し入れされる度に、先端で花芯を撫でられる度に、あたしは身を捩った。キュンと鳴く。心地好い。
 あたしの乾いた洞窟が瑞々しい泉へと変わったとき、男は腰を上げてジーンズのジッパーを下ろした。

「おいで、僕の可愛い子」

 あたしは彼の腰に跨る。そして衣服の隙間から首を擡げているペニスを自ら泉へと変わった裂傷の中へと導いた。そして彼の首筋にしがみ付くと必死で腰を上下に揺らした。怒張したペニスがあたしの最奥を突っつく。それと連動するようにベッドはギシギシと悲鳴を上げた。

「あ、ああ、あ」

「気持ちいいかい?」

「ああ、あ、あああ」

 必死で頷く。胸の奥に張り裂けそうに熱い言葉が込み上げて、あたしはそれを口にしたくてしょうがなくなるのだけれど、それも叶わないままあたしはポロポロと涙ばかりを零す。彼の柔らかな髪が頬に触れて、それだけで嬉しくなる。心地良い。

「愛してるよ、僕の可愛い子。愛してる」

 あたしの言いたかった言葉を彼の唇が代わりに告げたとき、あたしは震えを抑えきれずにそのまま絶頂に達してしまった。そしてそのまま薄れていく意識の中で、彼の微笑だけが網膜に焼き付いていた。

 しばらく経つと、左頬に流れた鈍い痛みで目が覚めた。ああ、もうそんな時間か。眼を開けると其処にはあたしを見下ろす女がいた。女はあたしの腹の上に重く圧し掛かり、鋭い眼光を投げかけていた。それが酷く眩しくて眼を細めると、次いでは右頬に衝撃が奔る。

「眼を覚ましなさい」

 命令どおりあたしは両目を開ける。逆らえばまた殴られるから。女はあたしの前髪を掴み、枕に強く押し付けた。

「彼とのセックスは好かった?」

 引き裂かれるような痛みにあたしはただうめき声をあげる。すると女はあたしのあたまを揺さぶり、今度は同じ言葉を激しい口調で問いかけた。

「好かったかって聞いてるの!」

 辛うじてあたしは頷いた。それを見て満足した彼女は、あたしの頭から手を放す。

「随分可愛がって貰ったみたいね。でも、今度は私の番よ」

 解っている。だからあたしは貴女のお人形のように引き裂かれるままになっていればいい。

「今からあんたは猫よ。鳴いてごらんなさい」

「にゃあ」

「聞こえないわね」

 女はあたしの乳房に爪を立てた。強く強く、引き千切れるほどに。

「あああっ!」

 鳴き声ではなく、悲鳴が上がる。それを聞いた彼女は更に強く爪を立てた。それはあたしの柔らかで敏感な肌に食い込み、引き裂き、血を滲ませた。

「鳴いてごらんなさいって、聞こえなかったの?耳が悪い?それとも悪いのはその頭かしら」

「……にゃあっ!」

 女は力を入れたままぐいぐいと捻る。あたしの乳房は変形し、傷口が左右に開いていくのが解った。

「あいつが触れて、舐めた肌。壊してやりたい!」

 乳房から手を放すと、女は乱暴にあたしの下肢の裂傷へと指をねじ込んだ。乾いて受け入れる準備をしていないそこはただギリギリという音を立てて内壁を傷つけた。

「にゃあああっ!!」

「此処も愛されたのよね」

 あたしはその激痛から逃れようと身を捩った。その度に指先はあたしのなかで捻じ込まれて、奥へ奥へと入り込んでいく。過敏な箇所に指先が触れる。その度にあたしの洞窟は意図しないままに濡れそぼっていく。乳房に残った裂傷が疼く。その度に、あたしの洞窟は泉へと変わっていく。
 何故、何故、何故。そこに愛などない筈なのに。ピンと張り詰めた乳頭が天井を向いている。疑問符は増えていくのだけれど、それを処理しきれないままあたしの下肢はドロドロと愛液を吐き出した。うっすらと血の混ざった薔薇色の愛液は女の指先をねっとりと濡らし、指を引き抜いた女はそれを舌先でちろりと舐めた。

「女に突っ込まれても濡れるのね。だらしない穴だわね」

 涙が溢れた。頭の中の疑問符も、女の罵詈雑言も、何もかもが原因なのだけど、切っ掛けは些細なことだった。男によって満たされたあたしの洞窟が女の手によって泉へと変えられた。それはあたしの意図ではない。強制的な快楽。愛によって満たされた後の、最大の侮辱だった。
 この涙は何。この気持ちは何。どうしてこんなに哀しいの。失うものなど、もう何もない筈なのに。

「何故泣くの。あんたは愛されているというのに」

 哀しげに女はそう吐き捨てて、あたしの傍から離れた。あたしはただ泣くばかりで、その意図するものが何処にあるのかなど、考えることすらしなかった。



 翌日、あたしは拘束されることはなかった。服を着させられ、靴を履かされた。

「じゃあ、いくよ」

「さっさと行ってよ。そんなもの、見たくもない」

 女は長い煙草に火をつけて、虫でも追い払うように手を振った。あたしたちに背を向けたまま。あたしはこれからこの部屋を出て、男の部屋で生活をするのだという。そこでは普通の日常が待っていて、男と私は幸せな同棲生活を送るのだ。女はドアに背中を預けたまま、あたし達のほうを見ようとはしなかった。あたしは一つだけお辞儀をして、玄関を出た。

「おいで」

 男が呼んだ。あたしは動けなかった。今までのことが頭の中をぐるぐると回っていた。男と女はセックスをしなかった。ただあたしを共有していただけだった。男はあたしを可愛がり、愛した。女はあたしを殴り、餌を作った。二人は共有者で、共犯者だった。飴と鞭の日々は終わりを告げた。あたしは確かに男を愛していたはずだった。それが、玄関を出た瞬間に何もかもが色あせてしまった。これから訪れるだろう幸福が、只の陳腐なものに成り下がってしまった。
 あたしは、女があたしを恨んでいるのだと思っていた。だけど本当にそうだったのだろうか。本当にそうだったのだろうか。あたしは男の手を振り切って部屋に戻った。鞭だけでも構わない。あの時涙が出た答えが出た気がする。男は呆気に取られていることだろう。
 部屋では、女が座り込んで泣いていた。煙草の灰は長くなっていて、ほろほろと彼女の膝に落ちていた。あたしは彼女に抱きついた。女は驚いて顔を上げた。涙が頬を塗らしていた。

「何で戻ってきたの、何で」

「にゃあ」

 あたしは答えなかった。ただ彼女の首筋に顔を埋めて、擦り付けた。甘える猫のように。女はあたしの体を怯えるように抱きしめながら呟いた。

「上手に愛せる自身がないわ、私」