その孤独な哲学者を誰も知らない。
孤独感を埋めるための方法は色々ある。
狂ったように踊るも然り。セックスに没頭するのも然り。酒を飲むのも然り。液晶に意識を飛ばすも然り。紙幣をばら撒くも然り。音楽を奏でるも然り。気の合う友人と談笑するのも然り。
だけれど根付いた寂しさは一転、我に返った瞬間猛威を奮う。特にあたしの場合、何をしていても瞬間的に現状を他人行儀に観察してしまう癖みたいなものがあるわけで。そうなった瞬間に、例え誰かと一緒にいたとしても孤独を殊更強く感じてしまう。そうすれば、あたしは笑うこともできずに、ただその場を冷めた目で傍観するだけだ。それが悲しい。悲しくて、寂しい。
弱さは罪ではない。それは個人の責任ではない。強くなれないことを罪悪だと言うならば、それは貴方の勝手な欺瞞でしょう。
開き直ってそう言う事もできなくはない。それが他人事であれば、あたしは胸を張ってそう言うだろう。しかしこびり付いた罪悪感は硬く根を張り、心身を虚弱に誘う。
それほど大した人間でもないくせに、否定的に、そして時には肯定的に物事を判断する。上か下か。○か×か。いいか悪いか。唯単純に白か黒かに分けようとする。自分が頼りないせいか。確固としていないからか。不安定だからか。多分、どれも正解だ。
灰が長くなってしまった煙草を右手に携え、左手には半分ほど飲み残しのあるビールの缶を持って、あたしはぼんやりとテレビを眺めていた。チカチカと点滅する液晶の中では、外人の男と女がベッドの中で愛をささやきあっている。
見てはいる。見てはいるのだけれど、話の流れは全く頭に入ってこない。ただ、部屋に流れるBGMのように、視覚と聴覚にアプローチはするものの、情報として捕らえられることはない。こうして意識を拡散させている間にも、あたしの中の扉は一つ一つハタリハタリと閉じられていく。なんの感動も言葉も浮かび上がらない脳みそを罵詈しつつ、それでも時間だけが刻々と過ぎていく。
気づいたときには、液晶には虹色のカラーバーが表示されていて、あたしはテレビの電源を切った。話の筋など、全く覚えていなかった。唯流れていただけだ。
煙草の火も消えている。灰が太ももを白くしていた。あたしは、床が汚れるなんてことは考えもせずに立ち上がった。そのままキッチンへ向かうと、すっかり炭酸の抜けてしまったビールを流した。分別なんて面倒で、そのままゴミ箱に空になった空き缶を投げ入れた。
「……さむっ」
独り言が毀れる。涙が出そうになったけれど、結局それは雰囲気だけを残してうっすらと消えた。部屋の電気を消す。冷たい毛布に潜り込む。すっかり冷えてしまった足先をこすり合わせながら、あたしは目を閉じる。眠かったわけではない。ほかにすることがないから、そうするだけだ。
孤独に泣き、孤独を愛し、孤独に死ぬ。
きっとそういう運命なのだろう。
そんなことを考えているうちに、窓の外を見れば、いつの間にか日は高く昇っていた。布団の中で、何時間こうしていたのか。時間の流れすら、あたしにはもう掴めない。
そして、その光を見てあたしはやっと涙を流すことができるのだ。
(世界は、何も、望んではいない)